その3

満蒙開拓青少年義勇軍訓練所は茨城県下中妻村字内原にあって、ここで3か月から6か月の訓練。訓練内容は、学科としての修身、公民、国語、歴史等、それに軍事教練、内務生活の規律訓練であった。また、開拓訓練として開墾作業や航空基地の労働作業に連日出勤。

我々の所属する頓所中隊はすでに敗戦の色濃い昭和19年6月16日、3か月の訓練を終えて内原訓練所を後にして東京へと向かった。東京では皇居前広場で忠君愛国を誓い、上野駅から夜行列車で新潟へ向かった。前年度までは必ず途中、故郷で家族と別れを惜しみその後。満洲へ渡ったが、我々の時は状況が切迫しているとのことでそれもなく、翌日新潟港から出港した。

日本海を3泊4日で北朝鮮「羅津港「へ渡り、列車で6月22日午前、任地のある「勃利駅」へ下車した。勃利訓練所は駅かr50キロ先だと聞かされ、翌日午前2時出発、終日行軍、夕方大きく真っ赤な夕日に迎えられ、勃利訓練所に到着した。

この訓練所は14中隊、総員3千数百名の大訓練所であった。

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